算数
校長が倫理の氷上先生から数学の平先生に交代された後の初めての入試。麻布の算数は前年よりも難しくなった。従来より難しくなるケースでの最重要ファクターは「自信」である。
精神論を語るつもりはない。自分が積み重ねてきた努力に対して胸を張れる受験生は、わからない問題に出くわしたときに「自信を持って捨てる」ことができるからである。
平均点の低い試験になるほど、時間をかける問題・捨てる問題の判断が重要になってくる。ここの判断を支えるのが「自信」である。自分にわからないのであれば他の受験生もわからない → 飛ばしてよし という判断が出来た子なら、解ける問題を解き、残りの時間で部分点を取れそうな問題に着手することができただろう。
大問1〜4までを完答し、大問5・6はそれぞれ2番まで取れれば、合格点に達しただろう。だがこれはあくまで理想論。大問3の速さの問題や、大問4の3種の食塩水の混合などは、苦手とする子はいる。
そういった苦手な分野は思い切って捨てる必要が出てくるだろう。初見で進めるところまで進めて、行き詰ったところまでの部分点でよしとする。そして残りの時間は、解けそうな問題に回すのだ。
合否を左右する要素として、「テスト内の時間配分」は重要なウェイトを占めている。 日ごろから月例テスト・模試を受ける際に漫然と受けているのか、これを意識して受けているのかによって、実力を発揮できるか否かが大きく変わってくるだろう。
国語
擬人化した自転車の一人称視点から、登場人物の気持ちを読み取る問題。文体が変り種のように思えるが、難易度そのものは例年よりやや易しいといえるだろう。というのも起承転結がわかりやすく、それに伴って主人公(及びその持ち主)の心情変化もオーソドックスに推移しているからだ。
得点力を分けるのは記述力だろう。どの記述の問題も、登場人物の気持ちを一言レベルで言い表すのは難しくないはず(「恥ずかしい」とか「誇らしい」とか「申し訳ない」とか)。だがもちろんそれだけでは点にはならないので、本文に書いてある登場人物の行動をふまえて、なぜその感情を抱いていると判断できるのかの根拠を明確にする必要がある。
幸い、解答欄には若干の余裕があるので、キーポイントとなりうると感じたものを答案に盛り込むことそのものは容易。麻布を受けられるだけの国語力があれば、大きく国語で失点することは無かったと思われる。
理科
前年より難化。実験内容を読み取らせて考察させることは例年と変わらないが、読ませる文章量が長くなっている。合格ラインを超えるためには、広範な知識と、それを身につけるうえで習得した基本的メカニズム、そして前記2つの上に考察内容を載せていくだけの「考える力」が必要になるだろう。
大問1は様々な動物の目の構造から、その生態について、また立体メガネの見え方等にも触れている。文章は長いが、きちんと読んで流れに乗れば得点できるはず。
大問2は熱の膨張や気温に関する問題。比較的平易なので、ここも着実に得点したい。
大問3は放射線の発見に至るまでの科学実験の過程を追体験するもの。きちんと読んだうえで、ありえる・ありえないを検証していく問題。それだけでなく、「仮説を立証するにはどの条件で実験を行うべきか」まで考えさせる。麻布の理科は試験時間が長いとはいえ、相当にタイトな問題。
大問4は天体。日食関連で天体の問題は増えているが、今年の麻布は恒星までの距離の算出と、おとめ座の一等星「スピカ」の食について出題してきた。いずれも受験勉強中に扱ったことのない計算・考察をすることとなる。教科の枠すら超えた「考える力」が要求される難問。全体の合否すら分けたかもしれない。
社会
例年通り、ある1つのテーマに関する通史的な視点から、種々の問題がちりばめられた問題構成。祖父・父・子の3世代における学校教育のあり方・その変遷が今年のテーマであり、地の文が一人称視点で進むのがやや目新しいか。やはり近現代史における社会情勢の変化についてその理由を考えさせて書かせる問題が多い。
さて、社会の入試において、「本文よりも先に問いを読む」ということを聞いたことはおありだろうか。この解き方の最大のメリットは時間の節約である。理科と社会を同時に行う学校もあり、理科に時間をまわすためにこの手法を推奨する指導者も多い。
だが筆者は「麻布志望者については、このやり方を推奨できない」。
麻布が問うているのはただの知識ではなく、ある現象に関する考察力・論述力である。ゆえに、本文全体を読んだときに抱いた感想や疑問が、答案を作るうえで重要な手がかりになるのだ。ぜひ本文を読んだうえで問いに入るスタイルで受験勉強を進めていってほしい。
麻布の社会の対策として最も有効なのは、日ごろから「なぜ」ということを考えることである。対象の硬軟は問わない。たとえばご家庭で、テレビを見ながら「なんでふなっしーってこんなに売れっ子になったんだろうね」という会話をするだけでも、自分なりの考察をして論ずる力は磨かれる(筆者が答えるなら「喋るゆるキャラ」という、人と動物の中間にあるような珍しい存在感ゆえ)。
社会という教科は地理・歴史・公民を問わず、人の営みについて考える教科である。その力を伸ばすためには、考える機会をなるべく多く与え、なるべく多く考えさせる指導者の下で学ぶのが一番の近道だろう。